まなちゃんのせいかつ

将来の夢は幸せになること。自分の気持ちに素直になって、私は私らしく女性という人生を謳歌していきたい。

傷跡と生きるvol.01

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私の身体に大きな傷跡があることを知っている人もいるし、知らない人もいる。

もしかしたら気になっていたけど聞けないでいる人もいるかもしれない。

 

無性に書きたくなった。

交通事故に遭い、5年半に渡り裁判を行った。その終わりが漸く見えてきたこのタイミングで、覚えている範囲のことを全て書こうと思う。

 

単純に読み物として楽しんでもらえたら。

 

裁判の最大の争点は、その傷を負ったことにより経済的被害を受けているかどうか。

逸失利益と呼ばれるものだ。

 

ー話は遡り、2014年夏。

 

私が大学生になって初めての夏、(確か夏休み初日だった記憶がある)私は交通事故に遭った。

 

お昼前、自転車を乗っていたら車と正面衝突した。
らしい。

 

らしいと表現したのは、実は事故当時のことはあまりよく覚えていないからだ。

 

車のフロントガラスは蜘蛛の巣のように割れ、自転車は変な形に曲がり、血だらけの私はICU(集中治療室)に救急車で運ばれた。

 

顔から胸元までザックリパックリ。写真は割愛する。ショッキングすぎる。

 

ここであえて不謹慎な発言をすると、せっかく救急車に乗る(しかも怪我人として)という貴重な経験ができたのに、記憶にないというのが残念でならない。

 

救急隊の方の話によると「頭を強く打っており、意識が混濁していた」とのこと。いや、怖い。

 

救急車で運ばれているとき、お母さんに救急隊の方が電話をしてくれたらしい。

 

私の携帯電話からの着信を受けたお母さんは、電話越しに聞こえる救急車のサイレンの音を聞いて「あぁ、近くで救急車が通っているんだな」と思ったそうだ。

 

それほど、非現実的なことだった。

 

近くに通ったはずのサイレンがいつまでも響いていたのだから、何事かと思ったはずである。

 

「娘さんが、交通事故にあわれました」

 

「え?」

 

「頭を強打しており、意識が混濁しています」

 

「命に別状はないんですか?」

 

「僕たちからは何も言えません」

 

以上の会話がなされたそうだ。

 

どれほど怖かっただろう、想像に難くない。

 

全身全霊の「ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」だ。

 

お陰様でこの通りピンピンと生きております。

 

さて、私の次の記憶がしっかりとあるのは病院だった。

 

「目が覚めたら、白い天井に、薬品の匂い」というまさに小説にありそうな状況。

 

救急車から担架で病院に運ばれながら看護師さんに「生きててよかったね。フロントガラスにぶつかった後、ボンネットに乗り上げたから生きてたんだよ。そのまま吹っ飛ばされていたら死んでたよ」と言われた。

 

「死んでたよ」という言葉を「へぇ」と、なんともあっさりとした感情で受け入れ、また記憶がなくなる。

 

そして次の記憶が、集中治療室の手術台の上。

 

なんだかぼんやりと意識が戻ってきて、私の頭の上で会話が繰り広げられているのが聞こえた。

 

「そうそうそんな感じ」

「それで大丈夫」

 

……

 

目を開けると女性のお医者さんと目が合う。

 

「あ、起きた?あなた事故にあったのよ。ちょっと気持ち悪いと思うけど動かないでね」

 

手術なう。だ。

 

手術なう!?

 

部分麻酔で顔から首元にできたパックリ割れをせっせと縫ってくれていた。

 

いっそのこと全身麻酔でお願いしたかった。

それか、ここの記憶もなくなっていてほしかった。

 

恐ろしいのは、こんな状況であるにも関わらず一番に思ったことが「お気に入りのTシャツが」である。

 

集中治療室の手術台の上で手術なう、の時に思うことではない。

 

さらに悲しいのが、そのTシャツはユニクロの数百円のTシャツだということだ。(数百円のTシャツをお気に入り認定している私のファッションセンスは忘れてほしい)

 

白のTシャツは血に染まり、手術のためにハサミで切られた。

 

病院で血みどろのTシャツを受け取り帰宅した母と妹が写真を撮ってくれていた。ショッキングフォトなので割愛させていただくが、それにしてもなんとも愉快な家族だ。

 

もちろん、集中治療室で命に別状はないと断言された後のことである。どれほどドキドキさせたのかと思うと本当に申し訳ない。

 

そんな「Tシャツが」という私の貧乏くさい思考を遮ったのは看護師さんが発した「足も消毒するね」という言葉だった。

 

自転車と車が正面衝突して吹っ飛ばされて首と顔がパックリだけで済むはずはなかった。

(骨が折れていなかったのは私の日頃の行いだろう)

 

右足のふくらはぎがえぐれていた。

 

なぜ、なぜ全身麻酔にしてくれなかったのだ。

やがて訪れるはずの消毒の痛みを想像して、半ばパニックの私。

 

ただこういう時も、人に元来備わっているプライドというものが作動するようで、「別になんでもありません」という表情をした(つもり)。

 

次に聞こえたのが

 

「あぁ、傷口に砂がいっぱい入ってるね」

 

「ちょっと歯ブラシ取ってくれる?」

 

!?

 

なぜ、ここで記憶が戻ったのか。自分を呪った。

それからのことは、私の記憶からは抹殺した。

 

これも生きていくための防衛反応である。

 

その日から3日間は集中治療室にいた。

薬のせいなのか、怪我の衝撃なのかは不明だが、ほぼ眠っていた。

 

時折、救急車で運び込まれてくる音が聞こえる。

私はもちろん起き上がることもできず、ただ時間が過ぎるのを待っていた。

 

何度か吐いた。

 

4日目からは一般病棟に移動となった。

ベッドごと移動。ちょっとお姫様気分だ。

 

途中で一般病棟用のベッドに移してもらった。

 

あまりのベッドの柔らかさの違いに驚いた。

一般病棟のベッドは、とても固い。

 

やはり救命の患者さんはある意味でも”特別扱い”なのである。

 

このあたりから漸く「暇だ」という感情を抱くようになった。

 

そしてもう一つの感情が「お風呂に入りたい」だ。

8月。真夏である。

 

この時点で既に4日間お風呂に入っていない。

汚い話で申し訳ないが、結局入院していた10日間はお風呂に入ることができなかった。

 

お風呂に入れないということはわかったから、とにかく髪を洗いたかった。

 

毛先に血がこびりついていたのだ。

気になって仕方がない。

 

5日目の朝に看護師さんが「今日シャンプーしようね」と言ってくれた。

まさに、天使の囁きであった。

 

それからはもうシャンプーのことしか考えていなかった。

 

頭皮に温かいお湯がかけられ、良い香りのするシャンプーでシャワシャワと洗ってもらえる

 

美容院では気になってもなかなか言えない「気になるところはありませんか?」という問いかけにも今日は正直に答えよう。「毛先の血が気になります」と。

 

シャワシャワシャワシャワシャワ

 

妄想である。

 

しかし、昼になっても夕方になっても一向に「シャンプーしましょう」という声がかからない。

 

看護師さんも忙しいし、声をかけるのは迷惑かな

 

それでなくとも、朝ごはんの時に出てくる牛乳が飲めないから飲むヨーグルトに変えてほしいとお願いしたにも関わらず、お昼まで寝て朝ごはんを食べないという昭和の親父もビックリみたいな我儘ぶり発揮していたのだ。

 

が、そんな状況でも私は今の私と変わりはなく、「シャンプーいつですか!?」と食い気味に聞いた。

 

「あ

 

その時の看護師さんの「忘れてた」という顔は、多分一生忘れない。

 

あなたが毎晩面倒臭がっているお風呂やシャンプー。

当時の私にとっては、妄想だけで半日過ごせるほどの存在だったのだ。

 

それを「忘れてた」とは。何事だ。

 

まぁ良い。今からやってもらえるのだから。

そう思っていた時に看護師さんから発せられた衝撃的な一言。

 

「あなた頭打ってるでしょう。だからシャンプーして良いかどうか、先生に確認してからじゃないとダメなの。で、ごめんね、先生がもう帰っちゃったから

 

絶句。

 

仕方がない。看護師さんも忙しい。こんな車に吹っ飛ばされた奴の一人だけに構ってはいられないのだ。

 

「じゃあ、明日聞いて大丈夫だったらお願いします^^」

 

震える声で言う。

 

「あのね今日金曜日でしょう。次先生が来るのは月曜日なの。だからあと2日は我慢してくれるかな?」

 

それは無理だ。

 

「嫌です」

 

今改めて考えるとあまりにも幼稚な抵抗で笑えるが、当時は必至だ。一世一代の大シャンプーなのだ。

 

「いやでも」看護師さんも困ってしまう。

 

しかしあまりにも私が抵抗し、緊迫した表情をしていたからなのか、なぜか次の日にはシャンプーしてもらえた。

 

病院では、喚いたらシャンプーしてもらえるということを学んだ。

 

どんな美容院でしてもらうシャンプーよりも、気持ちよかった。

しかし人間の欲求とは恐ろしいもので、あれほどしてもらいたかったシャンプーをしてもらえると、次は体も洗ってほしいと思うのだ。

 

言うのはタダだ。お願いしてみた。

 

「そんな傷だらけの体、洗えるわけないでしょ。抜糸もしてないのに」

 

ごもっともでした。

 

シャンプーをしてもらえて、少しご機嫌バロメーターが上がった私を待ち受けていたのは、抜糸だ。

 

開いた傷は針と糸で縫い合わせて、そろそろ皮膚がくっついたかなというタイミングで糸を抜く。

医療とは案外アナログなんだなと。

 

その頃にはもう車椅子で移動できるまでに回復していた。人間の治癒力とは凄まじい。

 

抜糸は外来と同じ治療室で行われるため、一般の患者さんと同じように外来の待合室で待っていた。

 

いくら回復したとはいえ、包帯巻き巻きで身体中傷だらけのボロボロな車椅子の女である。

 

ちなみに全身を強打している。

 

黒色緑色黄色

 

何の色か?肌の色だ。内出血が激しいと人間の体は変な色になる。どんどん変わっていく自分の体の色が不思議だった。

 

抜糸の時点では緑色の段階だった。シュレックかよと笑った。冗談ではない。本当にシュレックのように体が真緑だったのだ。

 

傷だらけのシュレック

 

その場に居合わせた一般外来の患者さんには悪いことをしたなと思っている。

 

しかしここでも入院患者は”VIP扱い”らしく、優先的に治療室に入れてもらえた。

 

ここで一つ残念なお知らせがある。

 

抜糸の詳細も、記憶からは抹殺させていただいている。

それはそれはもう、酷いものだった。

 

抜糸直後は、首を動かすと傷がぱっかりと開いてしまいそうで怖くて、頷いたり傾げたりすることができなかった。お見舞いに来てくれた友人に爆笑されたのが印象に残っている。

 

「傷が開きそうでwww横向けないから前向いて喋るねwww

 

全く笑い事ではない。

 

抜糸の次は、退院というミッションだ。

 

糸も抜け、感染症抗生物質の投与も終わり、ご飯も食べられるようになり、後は歩けるようになれば退院できるという噂を耳にした。

 

「もう元気です。歩けます」

 

大嘘だ。

タツムリなのかな?というスピードでしかも手すりがなければ歩けないくせに、ただ早く退院したいがために強がった。

 

この強がりの発言が5年半後の裁判にて不利に働くとははつゆ知らず、駄々をこねまくった結果、3日以上早く退院できた。

なんでも言ってみるものだということを学んだ。

 

つづく。

100Dreams

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本当に久しぶりにブログを書いてみることに。
気づけば最後の更新からもう1年以上経っていてびっくり。

 

最近は小説として感情を表現することが楽しいのだけれど、
たまにはこんな風に書くのも良いかななんて思って書いてみることにしました。

 

で、今回書こうと思ったのはちょっと嬉しいことがあったから。

 

「100 Dreams」というものを書いたのですよ。

 

人生で叶えたいことを100個ひたすら書き出すという作業。

いやこれが、地味に難しいんだよ。

 

まずとにかく、恥ずかしい。
だって、自分が心の中でこっそりと思っている「やりたいな」
を書き起こしていくのだから。

 

他人が見たら「アホかな?」というようなことも、
つらつらと書いていきます。

 

大真面目に。

 

実はこの100 Dreams、2年前も書いてました。
ちょうどフリーランスのライターとして仕事を始めた頃。

 

今回書くにあたって、
2年前の「100 Dreams」を見返していて。

 

そうしたらびっくり。

 

100個あったはずの人生をかけてやりたいこと、
2年後の今、半分以上が叶っちゃってた。

 

あ、ちょっと言い方が違うかな。

 

ほとんど叶えちゃってた。

 

「人生思い通りにしかならないのだから、
どんどん夢は描いた方が良い」

 

当時、ある人に言ってもらった言葉。

 

これを聞いて、「100 Dreams」を書こうと思ったんだけど
今でもよく覚えてます。

 

難波の駅前のタリーズでウンウン頭を唸らせていたのが懐かしい。
100個書き出すって、結構大変な作業なんだ。

 

実際に書いてみて、
2年後の今日振り返ってみて改めて、
夢を言葉にしてきちんと描くってめちゃくちゃ大切なことなんだなって。

 

だって、自分が叶えたい具体的なことが目に見えてわかるから、
その途端、急に夢じゃなくて「目標」に変わるのよ。

 

書き出すだけで、ぼんやりと描いていたはずの夢が
現実にグッと近づいてくる。

 

で、今日も「100 Dreams」を書きました。

 

100個書き出していくと、不思議なことに、
「そんな風に考えてたんだ」って自分で自分に気づくこともあったり。

 

面白いのが、今書き出した100個と2年前の100個を比べたら
2年前に達成できていなかったことは、
ほとんどそのままそっくり今にも書いてた。

 

私って、面白いなあって。

 

で、今わたし、具体的なやりたい100個のことは書き出せても、
じゃあ将来どんな風になりたいのか?
みたいなところは相変わらず全く見つけられなくて。

 

でも最近はそう言う質問に対して
大きな声でハキハキと「今はわかりません!」

って言えるようになりました(大成長)

 

だって、わからないのだから仕方ない。
だから、わからないうちは目の前にあるものに全身全霊で取り組むの。

 

それが正しいことかはわからないけれど、

その選択を正解にすれば良いだけのことだから。 

 

私は今日も明日もこれからも、
自分の心の声をきちんと聞いてあげて
自分が一番心地よく過ごせる状態で生きていたいなって。

 

また数年後、この100個を見返したときに、

一つでも多くの夢が叶っているといいな。

 

ま、叶えていくのだけれども。

 

私なら大丈夫だと信じて、今日も明日も全力で。
昨日の自分より少しでも素敵であるために、

私は頑張ります。

 

なーんて、相変わらず物凄い独り言ブログ。

 

私は私らしい成功を

実に3ヶ月ぶり。

 

ふとした瞬間に書きたくなったりする。

ということで。書く。

 

ちなみに4・5・6月は

文字通り仕事に忙殺されていました。

 

ブログ書く時間ない~

とかクソみたいな言い訳。

 

時間は作るものだと。

 

社会人になって3ヶ月。

もう4ヶ月目。

 

正直な話。

 

内定辞退した!いくぜ!

ってフルスロットルで走り出したものの

ほんの1ヶ月でぶち当たる壁。

 

待って待って。

思っていたのと違う。

 

予想も想像も想定も遥かに超えて来たな

”社会”さん。

 

もちろん、社会人って大変~

っていう壁もあるけれど。

 

そこは大丈夫。

 

そこではなくて。

 

完全に目の前真っ暗。

いわゆる”将来のビジョン”

がなくなっちゃったのね。

 

ついこの前まで

あんなにまっすぐに見えていたのに。

 

面接ではスラスラ答えられていたのに。

 

だって見えているものを答えてたいだけだから

めっちゃ簡単。

 

自分がどんな人になりたいのか

どんな女性になりたいのか

どんな生き方がしたいのか

どんな風に生活したいのか

どんなことが幸せなのか

 

もう、完全に見えない。

 

めっちゃ怖い。

 

仕事の関係とかで

いろんな人と会う機会があって。

 

割と聞かれるのよ。

 

何目指しているの?

とか

何がしたいの?

とか。

 

せっかく聞いてくれてるから

なんか答えなきゃってなるのよ。

 

見えていないものを

まるで見えているかのように話すのね。

 

それがまた自分に対して

プレッシャーになる。

 

だんだん

”何か目指さなきゃ”

”何か特別なものにならなくちゃ”

”かっこいい女性にならないと”

 

もっともっともっともっと・・・

 

って。

そりゃしんどいわ、みたいな。

 

でも。

 

昨日本当にふとしたことで

パッと気づいた。

 

絶対的に幸せだったらよくないか、と

絶対的に満足できたらよいんじゃないか、と

 

別に人と、世間と比べて

 

相対的に見て幸せとか

相対的に見てお金持ちとか

相対的に見て成功しているとか

 

そんなのは関係ないんじゃないかと。

 

例えばの話。

 

10万円というお金。

からしたらめちゃくちゃ大金。

 

でも10万円をはした金感覚で使う人もいる。

(実際に見た)

 

10万円を大金と思うならそれでいいのではないか。

それは、ダメなのかことなのかな?

 

成功している人はその10万円を100万円に変える

って多分言われる。

 

10万円を100万円にする

能力も知識も人脈もすごいと思う。

 

すごいけれど。

 

10万円を自分らしく使うことは

失敗なのかな。

 

10万円を絶対評価的に幸せに使えたら

それでよいのでは。

 

何が言いたいのかというと。

 

起業して上場したから成功している人、とか

一軒家を買って子供がいるのが幸せな家庭、とか

 

そういう”世間一般に言われている”

というところに翻弄されなくて良いと思う

 

ってこと。

 

こういうのって当たり前の考えなの?

やっと気づいたんですけど。笑

やっと気づいてめっちゃ楽になったんだけど( ;  ; )

 

成功者は~

とかいうのに振り回されまくってた

 

あーしんどかった。笑

今日から少し足取りが軽くなりそう。

 

自分が行きたいと思う場所に

自分らしい方法で

自分のペースで向かって辿り着いたら

 

それが成功なのであって。

 

きっと

自分らしい幸せなんじゃない?

 

なりたい自分も

ゆっくり見つけられたら良いな。

 

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サークル

久しぶりに書きたくて書きたくて

うずうずしたので更新します。

 

毎日、朝から晩まで文字を書きまくって

今現在も締め切りと戦っている訳ではありますが

それでも、書きたい。

 

その原因が、コチラ。


Shuffle SEASON MOVIE 17-18 『One's own kicks』

 

同志社大学スノーボードサークル"shuffle"の

2017-2018シーズンムービー。

 

私が4年間(正確には3年半)所属した

サークルの今年度の集大成です。

 

今日は、サークルのこと書くけれど。

私は、社会人2週目が始まろうとしていて

ヒイヒイ言ってます。

 

そんなことはさておき。

 

昨日オフィシャルに公開されて

さっき見たんだけど。

 

号泣。

 

開始2分で号泣。

 

そりゃ私も少しだけれど出演させてもらってるし

それなりの思いがあるから

っていうのもあるんだけれど。

 

これね、何がすごいってね。

ほぼ全員がね。

 

初心者からのスタート。

 

スノーボードしたことない

雪山にさえ行ったことない

 

そんな人たちの集団です。

 

そんな人たちが、

レベルに差はあれど、ここまでになる。

 

恐れ慄くべき事態です。

 

何が言いたいかって。

shuffleに入っていたらスノーボードが勝手にうまくなる

っていうことではなくて。

 

そうなれる環境がある、ということ。

 

進研ゼミを受講しているからといって

賢くなれるわけじゃないのと一緒で。

 

本気で頑張れる環境があるということ。

 

私にとっては心地よい空間だった。

 

大学に入学して1回生の秋まで、ふらふらーっとしていて。

特に本気になれることもなく。

 

バイト代が飲み会代に消えていくような半年間。

 

それはそれでそれなりに楽しかったけれど。

 

なーんか物足りない感覚。

 

そんな時にたまたま出会ったこのサークル。

あースノボとかしたことないし、

新しいこと始めたいし、ちょうどいいかも。

 

くらいのテンションで。

春にメンバーの募集が終わっていたのだけれど。

 

私もスノボしたいので、仲間に入れて欲しい!

って当時の会長さんに連絡して

いきなり誰も知らない飲み会に参加。

 

我ながら度胸あるなーって思うけれど

この時の自分に拍手。

 

そこで、

当時のシーズンムービーを見せてもらった。


SHUFFLE 13-14 season movie!!

その時のムービーがこれ。

 

初めて見た時のあの感覚。

あばら骨にビリビリっと電流が走った感覚。

喉がうぐぐって唸る感覚。

全身の毛穴が震える感覚。

 

そんな衝撃だった。

 

その時に言われたのが

”これ、半分以上、大学に入ってからスノーボード始めたんだよ”

 

んんん。

・・・私も、出たいぞ?!

 

そんな始まり。

4年間分、出演できたよ。

私の目標達成。

 

この時の私は3年半後に全く同じことを

ブログに書いてるなんて思ってなかった。

 

 

4年間を通して感じたこと。

みんなの目が、めちゃくちゃ綺麗、ということ。

 

スノーボード”という一つのことが

好きで好きでたまらなくて集まった人たち。

 

何かに向かって真剣に、本気で打ち込んでいる人の目ほど美しいものってない。

 

本気で練習して、本気で一緒に頑張っている仲間だから

そんな人たちと飲むお酒がマズイわけない。

 

 

その上で。

このサークルの何が素敵かって。

 

上手が正義じゃない。

上手が偉いわけじゃない。

 

ジャンプ台でくるくる回れなくたっていい。

4回生が1回生よりうまくなくたっていい。

みんなが見てる大事な場面で転んだっていい。

 

そういうサークル。

 

自分が思う自分のカッコイイを追求して

それぞれがそれぞれの目標に向かって頑張ってる

 

そういうサークル。

 

 

私、全然スノーボードは上手じゃなくて。

 

男の子たちのスピードには全然ついていけないのね。

一緒にスタートしても気づいたら周りからいなくなってて。

 

ひとり!不安!どうしよう!

って思ってちょっと滑り降りてたら。

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みんなこうやって待ってくれてる。

 

そういう人たちの集団なんです。

 

お金のかかるスポーツだし、

体力も時間もいるスポーツ。

 

みんな生きてる環境が違うから

同じだけ練習できるわけじゃない。

 

でも、それでもいい。

そういうサークルなんです。

 

自分が自分の目指すところを真剣に目指せて

周りも真剣に応援してくれる。

 

そういうサークル。

 

 

これ、私たちの代の追いコンで私が話してる動画。

 

こんなの撮った記憶ないくらい

べろんべろんに酔っ払っているけれど。

 

酔っ払っている時に言うことって本音なんでしょ。

 

”大学生活が200倍楽しかったです”

 

最後に本気でこんな風に言えるってすごくない?

我ながら、誇らしい。

 

これを読んでくださっている読者さん。

こんな素敵なサークルに恵まれて羨ましいだろ!

って自慢したいわけではありません。

 

私にはこう思えるサークルだったけれど

辞めていく人もたくさんいました。

 

人によって合う合わないは、ある。

 

4年間続けることが偉いわけではない。

 

自分が好きなことができる環境

自分が素敵でいられる環境

自分が自分らしくいられる環境

自分の目がキラキラしていられる環境

 

そういう”居心地の良い場所”にい続けること。

これが大切なのかな。

 

ただ。

 

仲間ってすごいよ。

ベクトルは違えど、同じステージで一緒に頑張る”仲間”の存在。

何にも変えられない。

 

大学1回生のみなさん。

そんなあなたにとって素敵な環境を是非見つけてください。

 

1回生だけじゃない。

私もだけれど。

 

自分が自分らしくいられる空間。

 

大切にしたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業は通過点

こんばんは。

 

3月31日です。

学生最終日です。

 

つい先日卒業式がありました。

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私の彼がカメラマンだから

卒業式までわざわざ足を運んで写真撮ってくれた(惚気)

 


女子大生という

オールマイティな最強カードを手放す日。

 

学生”なのに” 
っていうマジックフィルターが効力を失う。

 

”ただの人”になる。ピィ

 

小学生から始まった

16年間に及ぶ学生生活が終わります。

 

地元の公立小学校・中学校に通い
第一志望だった奈良の県立高校へ進学し
第一志望だった学部に入学して卒業。

 

そして明日からは自分で決めた道を進みます。

 

第一志望のお仕事。

 

誰に言われたからするのではなく。
自分で決めたことだから(めちゃくちゃ悩んだけど)
言い訳も責任逃れも一切できない。

 

これからの人生も引き続き
自分の心の声に素直に生きていきたいな
って思っています。

 

本当はこう思っているのに・・
こんなことがしたいのに・・

 

って思ったまま、

違和感を抱いたまま生きているのは


美しくない。


と、私は、そう思います。

 

最近、よく個人的に連絡をもらうことがあって。

 

元気もらった、考え方変わった、
自分で決めたことに自信ついた、
自分らしく生きてみようって思った!

 

とか。

 

いや、私、めちゃくちゃ嬉しい。

 

私のブログをスクショまでしてくれていている人もいて。


正直、死ぬほど嬉しい。

 

私の考え方を読んでくれて
それでいて何かプラスになってくれている人がいる、
という事実がとにかく嬉しい。

 

その中で、卒業式に話しかけてくれた人がいて。

 

”好きなことがあるっていうこと自体が羨ましい。
僕は、したいことが何もないから、取り敢えず就職する”

 

って言っていて。

 

それを聞いて、


別に、好きなことなんて、あってもなくても良くない?


って、思いました。

 

ましてや、それが仕事である必要もない


とも、思いました。

 

今の日本って、
何かを夢中にしていることが美徳、みたいな考え、ない?

 

趣味がない人が焦らされる傾向、ない?

 

確かに、
◯◯をしている間は時間を忘れられる!
みたいに好きなことがあると幸せだとおもう。

 

けど。

それがないからって

後ろめたく思うことは、ない。

 

ないならないで良いと思う。

 

ないことに対して焦ったり
無理に振るまったりするの、しんどくない?

 

私は、しんどい。
ていうか、疲れる。

 

何が言いたいのかというと。

 

自分自身のことは自分で決める
ということ。

 

好きなことが無い人生なんてつまんないって言われているから
好きなこと探す旅に出よう・・

 

とか

 

世間的に趣味がある方がいいとされているから
自分も趣味を作らなきゃ・・

 

とか

 

好きなことを仕事にする方が良いって言われているから
無理やり好きなこと探そう・・・

 

とか

 

みんながスーツ着てるから
私もスーツ着なくちゃ・・・

 

とか。

 

多分、その無理矢理な状況って、

心の中の自分は全然心地よくないと思う。

 

好きなことなんてな無いなら無いで良いじゃない。

 

私が、楽しいから
私が、決めたから
私が、好きだから

 

自分で決めて行動するからこそ
本気で楽しめるし、頑張れるし、やり切れる。

 

人に言われたから、世間が言ってるから
っていう基準で決断していくと、

 

何かの壁にぶち当たったとき
嫌なことがあったとき
うまくいかなくなったとき

 

きっと、何かの、誰かのせいにしてしまう。

 

だってやれって言われたもん
だって本当はもっと違うことがしたいんだもん

 

っていう言い訳が出てくる。

 

いや、ダサい。
これは、ダサい。

 

”と、私は思う”

 

自分で決めたことを、自分で正解にしていく。

 

自分の行動は結局、
全て自分の決断の結果なので。

 

決断の理由が自分じゃないと
言い訳できちゃうじゃないですか。

 

言い訳しまくってふんわり生きていくのって
楽だけど、つまんない。

 

”と、私は思う”


大学を卒業して
今日で学生という肩書きが終わる。

 

けれど、あくまで卒業は通過点。

明日からは社会人として。

 

私らしく。
自分に素直に。
女性という人生を謳歌していきたい。

 

決めたからには、本気で。

 

あ、前の前のブログで書いた

私が4年前から大きく変わったもう一つのこと。

 

自分のことが大好きになった

 

デス。

 

自分で立てた目標は必ず超えてきたし

これからも超えて行く。

 

空は抜けるように青いし

星は眩しいくらい光るし

夕焼けは世界を赤く染めるし

私は私だし

 

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内定辞退をした話

漸く、書こう、という気持ちになれました。

 

毎日毎日、書くぞ!とはなるけれど。

いざとなると・・勇気がなくて。

 

他人のブログなんて、正直全く興味がないはずなのに。

かなり多くの人に読んでいただいていることを肌で実感していて。

 

1ヶ月更新していなかったのに、

毎日のように誰かがアクセスしてくれていて。

 

本当に嬉しい、デス。

読んでくれている方、本当に本当にありがとうございます。

まなちゃん嬉しい!

 

 

さて、表題の件ですが。

 

文字通り。

就職が決まっていた内定先を辞退しました。

 

なぜ。

 

会社が何かダメだったわけでもない。

体調が悪くなったわけでもない。

東京に行きたくなくなったわけでもない。

 

”憧れていた自分になれそうだから”

デス。

 

そもそも。

就職やめて何するんだよ、って話ですよね。

 

文章を書くお仕事をしていきます。

いわゆる”フリーライター”です。

 

今は、

情報配信サイトの公式ブロガーをしたり

アプリ内の記事を執筆したり

ウェブサイトのコピーライティングをしたり。

 

イベントのインタビュー記事の執筆のお仕事ももらっています。

 

そんな感じで、すこーしずつお仕事を増やしているところ。

かな。

 

話は戻って。

”憧れていた自分”のところ。

 

 

「俺、やっぱり映像制作で生きて行く。

一回きりの人生だし、どうしても、好きなことしていたい。」

 

大学3年生の春に当時4回生だった先輩に言われた言葉でした。

 

・・・正直。

めちゃくちゃ羨ましかった。

 

周りが就職活動で必死になっている中、そう言う先輩が、

 

めちゃくちゃ羨ましかった。

 

語弊があると嫌なので、付け足しますが、

人と違うことをしていることが、特別にかっこいいとは思っていません。

就職してキャリアを積んでいる人もめちゃくちゃかっこいい。

 

じゃあ、何が羨ましかったかって言うと。

 

”本当に好きなこと”があって、それに人生を賭けようしている姿勢。

 

私にはなかった。

 

自分の人生を賭けてみたい、と思えるほどの好きなことも夢も。

なかった。

 

だから、そこまで振り切ることができた先輩が。

 

めちゃくちゃ羨ましかった。

嫉妬するレベルで。

 

生まれ変わったら、そんな人生を歩みたいな。

って思っていたくらい。

 

そんな気持ちで1年半くらい過ごしていて。

その中でも、その時のベストの選択をして。

ベストなんだけれど、何かモヤモヤはあって。

 

でも。

ブログを書いて、小説も趣味で書いているうちに。

素敵な新しい出会いをしているうちに。

 

あれもしかして、って。

“好きなこと”って。

 

気づいた時には、もう本当に。

脳天からズドンっと刺されたような。

 

ずーーーーーーーっと靄がかかっていた気持ちが

パッと晴れたような。

 

ずっとずっと憧れていた自分になれる。

 

そう思ったら、ワクワクしてたまらなくて。

薄暗かった景色が急にカラフルになって。

 

ただ。

そうやって生きて行くには。

内定を辞退しなければならない。

 

心から素敵だと思う会社で働く、という選択肢をなくさなければならない。

 

勿論、フリーでやって行くにはリスクしかない。

収入は?保険は?

仕事が取れなくなったら?

あんな素敵な同期の人たちと働けないのは?

 

めちゃくちゃ悩みました。

人生でこんなに悩んだことはないくらい。

 

卒業旅行の計画をするシーズンだったけれど。

それどころではなくて。

卒業旅行は、しません。笑

 

でもやっぱり。

ずっとずっと憧れていた自分になりたい。

 

決断しました。

 

会社にこのことを伝えると。

 

あなたが真剣に悩んで決めたことなら、その考えを尊重したいし応援したい。

そう言ってくれました。

 

本来なら、この時期の内定辞退は罵倒されてもおかしくないのに。

素敵すぎる。

こんな素敵な会社に採用されたことは、私にとって誇り。

 

誇り。

で、あるからこそ。

 

選択しなかったことを、後悔することが1秒でもないように。

自分の選択を正解にして行くために。

 

努力したい。

 

そう思っています。

 

 

好きなことして生きていこうぜ!

企業で働くなんて・・・。

自由に生きようぜ。

 

こういう言葉が台頭していて、それが正しいって言っている人も見かけるけれど。

ブロガーさんとかに多いのかな。

 

でも、私はそんな風に、

自分と違う選択をしている人を否定するような人にはなりたくない。

 

逆に。

大手企業で働くのがエリート。

キャリアを積んで行くのが当たり前。

 

そういう、世間が決めた定義があったり。

 

でも、結局決めるのは自分自身なので。

 

それぞれが数多くある選択肢の中から

一生懸命に決断した”現在”であるのだから。

 

大手企業で働くのも

中小企業で働くのも

ベンチャー企業で働くのも

クリエイターになるのも

エステティシャンになるのも

専業主婦になるのも

家業を継ぐのも

 

どれも”まだ”正解じゃない。

 

正解の生き方なんて”まだ”ない。

 

自分がした選択を一生懸命、正解に”して行く”だけ。

 

それが幸せで、素敵で。

それが人生じゃないかな。

 

なんてね。

 

私は、

私がした選択を、正解にする。

 

それができる私であると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっぴん勝負

こんばんは。

ちょっと間が空いてしまいましたが。

 

今日大学に行って最終レポートを無事提出できたので、

これにて大学生活が終了です。

よく考えたら、あとは卒業式に行くだけ。

 

感慨深い。

・・・なんてことはなかったけれど。

 

4年間で成長できましたか?

何を学びましたか?

ということを最近アホみたいに聞かれるので。

私なりに考えてみました。

 

先生が聞いたら喜ぶような答えは用意しました。

ただ、そんなものはどうだってイイので。

レポートにでもまとめておくことにします。

 

私が4年間で圧倒的に変わったと思う点を。

 

人の目を気にしなくなった。

 

コレです。

多分、高校生の頃の私を知っている人と久しぶりに会ったらびっくりされるレベルだと思う。

それほど、周りの目を気にする人間だったので。

 

教室移動一人でできないタイプだった。

 

それが今や一人旅しちゃう人になりました。

 

でもね。

周囲の目ほど、どうでも良いものってないんだよね。

 

私が何をしていても嫌いな人は嫌いだし。

私のことを嫌いな人に気を使う時間は勿体無い。

 

それなら、私のことを好きな人と楽しく生きていきたい。

 

 

 

何が言いたいのかというと。極論。

好きなことをしている、着飾っていない素直な私を好きだと言ってくれる人たちと関わっていたい。

 

”すっぴん勝負”デス。

 

すっぴんの自分に自信がないとどうしても俯きがちに生きてしまう。

もちろん化粧はするよ。

でもそれは、話し方であったり、言葉遣いであったり、言葉の選択であったり。話の聞き方であったり。

 

化粧は自分を着飾るために塗りたくるのではなくて。

すっぴんの自分をより気持ちよく相手に届けるためのもの。

 

それで嫌ならそれは仕方がない。

相性が悪いのかもしれないし。

 

そこで”合う”っていう人って絶対いると思っているので。

現に私はそういう人たちに囲まれている。

不思議なことですが。

そんな風に”THE私”で生きていると。

自然と、本当に自然に周りに好きな人で溢れている。

 

とっても素敵だし幸せなことだとおもう。

 

変な意味で人の目を気にしていて、少し疲れていた18歳の真奈ちゃんは、このことをまだ知らない。

でもそういう私がいたからこそ、気づけたことだから。

 

でも。

ある日突然、

はい!本日より周りの目は気にならなくなりました!

 

っていう訳ではなく。

それなりに訓練したよ。

やるか、やらないか。

気づくか、気づかないか。です。

 

ここから派生して。

すっぴんの自分を好きになってあげること。

 

めちゃくちゃ大事だと思う。

 

私自身、自分の生き方に誇りを持っている人が好きなんですけれど。

だって素敵やん。

 

自分のこと好きじゃなかったり、自己肯定感の低い人より、きっと魅力的。

だから私も素の自分を好きでいたい。

 

良く考えたら。

自分のこと大好きな人から好きになってもらえるって、

めちゃくちゃ嬉しいと思うんだけれど。

 

自信を持って生きていたい。

 

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そういえばショートヘア。

 

変わったところ。

もうひとつあるけれど、これは卒業式の時にでも書こうかな。